グローバル大手4社が市場を独占。それでもユーザベースが成功できた理由
太田 智之(以下「太田」):
僕がErikさんに声を掛けたのがキッカケですね。僕が2017年にユーザベースに入社した当時、ErikさんはFactSetに所属していました。あるとき2人でブレックファストミーティングをする機会があり、その際に意気投合したんです。
2018年にErikさんは日本企業の決算トランスクリプト(※)。を行うSCRIPTS Asiaを設立されましたが、実はその頃からずっと「ユーザベースに来ませんか」とお誘いしていました。2023年にSCRIPTS AsiaをJPX(日本取引所グループ)に売却し、ようやく念願かなって当社に入社してくれたという経緯です。
決算トランスクリプト:企業の決算説明会や投資家向け説明会の内容を文字起こししたもの
Erik:
正直なところ、懐疑的でした。ユーザベースが設立された2008年はリーマン・ショックの真っ只中。スタートアップには厳しい時代でしたし、SaaSの競合会社も多い。スピーダのようなサービスにニーズがあるのか、個人的には疑問を持っていたんです。
太田:
実は日本国内に当社の直接的な競合はそこまで多くはありません。ただ世界を見ると、金融情報の業界はBloomberg、FactSet、LSEG(※)、Capital IQの大手4社が市場を牛耳っているんです。
かつての自動車業界のように、既存の巨大企業で固まっているような世界。そんな中でユーザベースを立ち上げたので、外から見たら「本当にうまくいくの?」と思われても仕方ないですよね。リーマン・ショックも重なっていたので、なおさらです。
LSEG(London Stock Exchange Group):ロンドン証券取引所グループ。Refinitivを傘下にもつ

Erik:
スピーダという名前は聞いていましたし、良いサービスだという認識はありました。それでも疑念は消えませんでした。残念ながら失敗するだろうとも思っていたんです。
でも、それは完全に間違いでした。ユーザベースには明確なプロダクトの強みがあった。特にアジアのデータを構造化する技術力です。データをきれいに整理して、使いやすい形で提供する。この地道な作業を10年以上続けてきたことが、今では大きな競争優位性になっています。
太田:
実際、大手4社のうち2社から「スピーダのコンテンツを提供してほしい」という要望が来ているんです。これまではデータを一方的に購入する立場だったのが、データを売る立場になった。これってすごいことですよね。
なぜグローバル金融情報大手の経営幹部はユーザベースへの転職を決めたのか
Erik:
一番の理由は、ポテンシャルです。先ほど太田さんが挙げた4社は確かに世界のトップですが、最もポテンシャルがあるのはユーザベースだと確信しました。
まず、本社を東京に置いていて、先ほども述べた通りアジアのデータに圧倒的な強みを持っている。お客様満足度も高い。社員が若くて柔軟。そしてプロダクトのエンジニアリング力が非常に強い。これらのアセットをグローバルで拡大できれば、ものすごいチャンスがあると考えました。
太田:
もともとスピーダは「アジアNo.1の経済情報ベンダー」として売り出しました。だからアジアのお客様は、大手4社よりも僕たちを選んでくれる。アジア情報に関しては、明らかに僕たちの方が強いんです。
太田:
実はこの業界では、競合しながら一方で協業するのがスタンダードなんです。そもそもユーザベース自体、いろいろな会社からデータを提供してもらっていますからね。
Erik:
僕たちのデータを中東エリアのお客様に届けるのに、何年かかるかわかりません。でも、たとえばBloombergと連携すれば、中東の100社、200社のユーザーにあっという間に届きます。今後は逆に、こうしたビジネスをしないことの方がリスクになるはずです。

太田:
そう。自分たちの持つアセットを別の形でマネタイズして事業を最大化する。グローバルな大手プレイヤーが当たり前にやっている手法を、ユーザベースはこれまで全くしてきませんでした。
世界は広いので、我々だけで畑を耕すには限界がある。だからこそ競合とも組む必要があるんです。その経験を持っているのは、今のユーザベースではErikさんだけ。もちろん他社と組むに当たって配慮すべき点はありますが、この方法は我々のビジネスをものすごく成長させてくれると期待しています。
Erikさんからしたら当たり前に見える世界が、ユーザベースのメンバーには目からウロコのアイデアになる。井の中の蛙だった我々を、Erikさんが目覚めさせてくれたと思っています。
Erik:
カルチャーこそが、ユーザベースの最大の強みだと思います。
先日、西川さん(西川 翔陽/上席執行役員 スピーダ事業CPO)と話していて、コンテンツをスピーダの端末ベースではなくクラウドベースで提供してはどうかという話が出ました。西川さんは、その場で「クラウドベースならすぐにグローバル展開できるので、すぐそうしましょう」と即決したんです。まさにThe 7 Valuesの「スピードで驚かす(How fast? Wow fast)」を体感した瞬間でした。
「How fast? Wow fast」以外では、「自由主義で行こう(Be free & own it)」も気に入っています。私は日本で5年ほど働いていますが、丸の内でTシャツを着て働いている日本企業はユーザベースくらいじゃないでしょうか(笑)。
さらに印象的なのは、オープンコミュニケーションです。新入社員でも経営会議の議事録やアジェンダにアクセスできる。これはグローバルで見ても珍しいことです。こうした透明性の高い文化が、イノベーションを生む土壌になっていると感じます。
競合と協業する戦略──顧客起点で世界市場を攻める
太田:
ユーザベースは2013年から海外事業を展開してきました。東南アジアと香港に進出して10年超。みんなの頑張りにより一定の売上はつくれましたが、スピーダ事業全体から見ると海外売上比率はまだ小さい。
僕は今後グローバル市場を拡大するために、2つの要素が必要だと考えています。ひとつがグローバルマネジメント、もうひとつがグローバル戦略の拡大です。
2013年以降、アメリカで「SPEEDA Edge」、中国で「思必达(Speeda China)」など、現地ユーザーにローカル情報を届けることを戦略としてきました。ユーザーに向き合ったプロダクトづくりを得意とするユーザベースらしい戦略で、ここまで成長できた。
でも、この方法だとリソースがかかってなかなかスケールしないんですよ。だから、これまでのやり方は大切にしながら、何か単一のもので世界に展開できないかと考えていました。

Erik:
太田さんと話す中で気づいたのは、新しいことをしなくても、ユーザベースの既存アセット自体を欲している人が世界中にたくさんいるということです。
これまでの戦略を転換するのではなく、ローカライゼーションしてきた部分は土台として残し、その上に新しい層を重ねていくイメージです。
太田:
まさに顧客起点組織のグローバル版ですね。2023年に国内事業を顧客起点組織に転換しましたが、その考え方を世界でも展開する。これまでのグローバル事業は各地域にひとつのプロダクトしかありませんでしたが、今後はユーザーのニーズに応じてさまざまなアセットを提供していきます。
Erik:
そのためには営業カルチャーも変える必要があります。特にグローバルの金融機関向けには、アプローチを変えなければいけません。
もうひとつ大切なのは、「What we do」ではなく、「What we have」の視点を持つことです。
太田:
これまで当社が主にターゲットとしてきた事業会社の場合、業務オペレーションを理解した上で「スピーダで何ができるか」を提案してきました。でも金融機関の人たちは、自分たちの業務を変えるためではなく、「スピーダが持っているもので、いかに自分のビジネスを助けるか」を重視します。
つまり「私たちができること」ではなく、「私たちが持っているアセット」から発想する。訴求の仕方も変える必要がありますし、新しいセグメントに入っていくので、まさに「お客様が何を欲しているか」をさらに考え抜く必要があるんです。


太田:
ニーズがあれば、もちろんやります。わかりやすい例がエキスパートリサーチですね。世界第4位のGDPを持つ日本について知りたい人は世界中にいて、日本のエキスパートとつながりたいという海外からの需要は確実にあります。
スピーダ スタートアップ情報リサーチも、日本のスタートアップに投資したい海外投資家向けに提供できます。他にも、ニッチな話になりますが、ユーザベースの業界マッピングは、実はすごいノウハウなんです。
これらのプロダクトは、特にアセットマネジメントやヘッジファンドなど機関投資家からのニーズが高まっています。この領域は日々何兆円、何十兆円が動く巨大市場ですから。
クラウドとパートナーシップで実現する海外売上の大幅拡大
Erik:
ブランディング、商品・サービス、マーケット、リソースなど、同時にたくさんのことを始めなければなりません。この7月から香港をベースとした営業活動を開始しますが、香港において何が必要か、私が今後拠点とする北米では何が必要か、それぞれ考える必要があります。
太田:
先日、Erikさんと一緒に海外拠点を回ってユーザベースのポテンシャルを現地メンバーに伝えてきました。これまでの地域ごとの戦略に加えて、初めてグローバル視点での取り組みを開始することも説明しました。みんなとてもポジティブな反応を示してくれましたね。特にスリランカの拠点では、ものすごい反響がありました。
SPEEDA Edge(スピーダ イノベーション情報リサーチ)に関しても、北米のみで展開しているだけでは大きくスケールしていきません。ただ、特にUSは機関投資家という巨大マーケットがあるので、そこにむけてErikさんが徐々に入り込んでいるところです。

太田:
これまで13年間かけてつくってきた海外売上を、今後数年で倍増させたいと考えています。地域ごと、国ごとにアプローチしなくても、顧客のビジネスにハマれば導入いただけることがわかった。マーケットは大きいので、営業を強化しさえすれば売上は上がる、というサイクルをつくれるかが一番のチャレンジになります。
Erik:
そうです。海外売上を拡大するには戦略を変えなくてはいけません。1人当たりの売上を増やすためには、クラウドサービスとフィードサービス、そしてチャネルパートナーを確立することから始める必要があります。
なかでもチャネルパートナーとして先ほど挙げた大手4社を経由することで、ハイパースケールのフェーズに入りたいですね。そうすれば、営業メンバーの人数はさほど必要ではありません。
私がCEOを務めていたSCRIPTS Asiaでは、グローバルで200社の顧客を抱えていたにもかかわらず、アジアのセールスパーソンは1人だけでした。クラウドとチャネルパートナーをうまく活用すれば、それが可能なんです。
太田:
顧客が実現したいことのために、アジアのデータというユーザベースの強みをソリューションとして提供していく。そんな形がつくれたらと思っています。
NewsPicksも武器に──ユーザベース独自のアセット活用法
太田:
機関投資家の方々にとって、オリジナリティは重要です。わかりやすい例がSNS、特にXですね。機関投資家はXに投稿される膨大な情報をシグナル化して投資判断に使っています。
日本でこれができるのは、NewsPicksだけなんです。累計1,000万人以上の登録ユーザーがいて、日々示唆に富んだコメントが投稿されている。しかも実名登録して使っている人も多い。実際にNewsPicksに投稿されるコメントに、グローバルのヘッジファンドで興味を示す人はたくさんいます。
Erik:
ユーザベースには、まだ気づいていない価値がたくさんあります。グローバルの視点を持ち込むことで、その価値を最大化できる。これからの展開が本当に楽しみです。

編集後記
旧ミッション「経済情報で、世界を変える」、現在のパーパス「経済情報の力で、誰もがビジネスを楽しめる世界をつくる」、どちらにも入っている「世界」というキーワード。記事にある通り、これまでもグローバル展開は進めてきましたが、Erikさんが入社してくれたことで、その動きが一気に加速しそうでワクワクしています!