M&A業界では性別より、世代のダイバーシティの課題が大きい
木下 麻奈氏(以下「木下」):
一般的には性別のダイバーシティに注目されることが多いと思いますが、私が配属された20年ほど前から、当社のM&A部門にはずっと女性の上司や先輩がいたので、女性が少ない領域という意識はなかったです。
でも改めて振り返ってみると、たしかに他社のM&A部門には女性が少なかったように思います。日本企業同士のM&Aの交渉だと、シニアクラスかつ男性の割合が多いので、私と女性の上司は目立っていたかもしれません。
ハジャティ 史織氏(以下「ハジャティ」):
男女比率は機能の置き方にもよると思いますね。会社によって、法務や財務といった「機能」としてM&Aをする会社と、事業寄りでM&Aをする会社とがあります。
当社ではどちらの場合もあるのですが、機能軸と事業軸とでは男女比率がだいぶ異なるように思いますね。たしかに、機能としてM&Aをする場合では女性の割合は増えてきているように感じます。
私自身、以前は10年近くコーポレートのM&Aのソリューションを専門とする部署にいました。最初の5年ほどは本当に男性ばかりでしたね。後半の5年で女性が増えてきて、世代の代替わりも進んでいるように思います。
太田 智之(以下「太田」):
実際は女性が活躍している会社もあると思うんですが、男性が多いとか、長時間労働をしていそうだとか、M&A部門は何をしているのかわからないゆえに、印象論で語られている部分はあるのかもしれませんね。
木下:
私は新卒でNECに入社して、異動でM&A部門にきたのですが、中途でM&Aの経験者も採用しているので、「キャリアのある人」が集まっている部門と見えるのかもしれません。あとタフな仕事ばかりといったイメージがあるんだろうなと思います。
ハジャティ:
体力的にキツいから、女性には向かないと思われているかもしれませんね。
木下:
もちろんプロジェクトが重なって大変な時期もありますが、落ち着いているときには、定時で終了する、休暇をとるなど、メリハリをつけた働き方ができる環境だと思います。

日立製作所 ハジャティ史織 氏
木下:
男女のダイバーシティだけでなく、世代のダイバーシティが必要だと考えています。若い人にもっとフロントに立つ機会を与えたいのですが、経験とスキルと役職があって、その場で決定できる権限を持った人がフロントに立つとなると、どうしてもシニアの男性が増えてしまうのが実情です。
ハジャティ:
どんどん若い人に前に出てもらうほうがいいですよね。私が若いときには小さい案件を任されることがあり、そこで経験を積むことができました。自分としても若手に案件を振っていきたいんですが、なかなかそうはいかなくて……。
扱うM&Aの案件サイズも複雑さも高度になってきており、そのような案件の場合、やはりある程度の場数を踏んでいないといきなりヒリヒリした交渉を任せるのは難しい。サイズや複雑さと任せる権限の判断を自分がしっかりすればよいのでしょうが、そこは課題だと感じています。
ハジャティ:
どんな問題が出てきても、その場で動揺せずに受け止める「胆力」があるかどうか、ですね。
木下:
「自分が責任者なので」という顔で、その場で「えっと……」とならないのが大事。上司に相談しながらでもいいので、自分がちゃんと責任を持ってやれるかどうか。
ハジャティ:
会議でなるべく私は発言しないようにして、その若手が最後まで場を回せるかどうかを見ていますね。社内でもタフな会議ってあるじゃないですか。途中でシーンとしちゃったら入っていかざるをえないけど、そういう変な「間」をつくらず、とりあえず受け止められるか、場を回せるかを見ています。
太田:
社内ステークホルダーのマネジメントができたら、ってことですね。
ハジャティ:
そうですね。社外より逆に大変なこともありますから(笑)。実際のM&Aの交渉だと、アドバイザーの方がいて、何か詰まったときに横から助けてくれます。M&Aの現場はみんなディールなどに慣れているけど、社内の人は本業をやりつつ参加してもらうわけなので、いろいろな声が上がるんですよ。
重要なのは、コミュニケーション能力
太田:
そもそもM&A部門のスキルセットは、どのように身につけていくのでしょうか?
木下:
一番重要なのはコミュニケーション能力だと思っています。ファイナンスや法務のスキルは、教育や経験を通じて身についてきますが、さまざまなメンバーを束ねてプロジェクトをリードするには、やはりコミュニケーションが大切です。
ハジャティさんのおっしゃる「胆力」も、重要ですよね。
太田:
他の人の交渉の仕方を知るのは大事です。投資銀行にいた頃、偉くなると個室をもらえるんですが、僕はあまり使わずにメンバーと同じフロアで働いていました。そうすることで、周りの会話や電話の内容が自然と耳に入ってきます。
若手がクライアントと電話しているのを聞いていると、電話後に「さっきの言い方はちょっと違う。こういう言い方をするといいよ」ってアドバイスできるじゃないですか。「背中を見せる」じゃないけど、その場でしか分からない・伝えられないことってありますよね。
ハジャティ:
まさにそうですね。最近はオンライン中心で難しいですが、私も自分の部下には一緒にいるようにしてもらうようにしています。同席してもらった部下の反応はさまざまで、「さっきの交渉はしびれました」という人もいれば、「いたたまれなかったです」っていう人もいます。
太田:
私も若手の頃はよく上司の商談に同席させてもらっていました。場の雰囲気を自分なりに読み取って、上司は何を話すのか、議論がどう展開していくのかシミュレーションしていましたね。自分が考えたことと違う展開をしたとき、商談後に「何であのときこう言ったんですか?」「何でこういう返し方をしたんですか?」って質問する人と、何もせずに聞いている人とでは、やっぱりその後の成長スピードは違うと思います。

ユーザベース 太田智之
木下:
私も同じようなことをしていました。最近は座席がフリーアドレスになっちゃって、なかなか難しいですが、同じ案件で交渉に同席してもらうようにするのは大事ですね。
あとは先ほどハジャティさんもおっしゃっていたように、ある程度「胆力」が備わったなと思った部下を、思い切って交渉の現場に出すことも必要です。M&Aって、誰かひとりに起因する失敗はほぼ無いじゃないですか。ひとりだけの判断で、間違えて変な会社を買収しちゃった、みたいなことはあり得ないですから。
部下に任せつつ、でも私たちのようなシニアメンバーが裏でバックアップしているようにする。世代間のダイバーシティのポイントのひとつだと思います。
現状、若手が交渉の現場に同席はしていても、交渉をリードするポジションになることは少ないんです。自分で考えて交渉をリードすることで自信につながり、それが経験値として積み重なっていくので、そんな機会をつくっていきたいと考えています。
ハジャティ:
そうですね。本当にやばそうなときは話に入っていけるし、サポートできますからね。
本当にまずい失敗はほぼ起こらないけど、会議をうまく回せず、変な雰囲気で終わってしまうとか、その後やりにくくなっちゃうようなことはあり得るので、そうならないようなコミニケーション能力が重要だと改めて思いました。
私は上司にかなり頻繁に交渉の進捗を報告していました。そうするとめちゃくちゃ詰められるんですよ(笑)。でも振り返ってみると、そこでのディスカッションが今の仕事に役立っている気がします。これもある意味、コミュニケーション能力ですよね。
M&Aに限らず、部下にある程度のことを任せようと思うのって、ある程度のリスクがあっても、上司に怒られても、それを踏まえつつ物事を前に進められるようになったときだと思うんです。
経営に対する意識をどこまで持てるか
ハジャティ:
ジェンダーの多様性でいうと、現在私が所属している部門は、産業系の案件を担当しているためか男性が多いし、買収先の会社も同じように男性社会的なカルチャーを持つ企業が多いですね。
買収先の企業カルチャーがまったく異なるとPMI(Post Merger Integration/M&A後の統合プロセス)が大変になるので、初期の段階でカルチャーの親和性、相性は意識しています。
木下:
そういう業界特性は確かにありますね。
太田:
PMIを考慮して、同じようなカルチャーの企業を買収する動きは、今後も変わらないと思いますか?
ハジャティ:
男性社会的なカルチャー同士を統合するというわけではなく、あくまでPMIを意識してのことですね。性別が男性だからというよりも、たとえば私が所属している部門では男女関係なくメンバーみんな「技術大好き」という人たちなんです。だから、技術が好きなのであれば性別は関係ありません。ただ、トップから現場まで技術好きというような企業だと、結果的に男性の比率が高いのが実態だと思います。

NEC 木下麻奈 氏
ハジャティ:
そうですね。私が所属する業界では、いろいろなプロダクトが一緒になっているので、どんな共通のゴールやパーパスを持たせるかは、かなり時間を使って取り組みました。こういった取り組みもPMIに通じるのではないかと思います。
太田:
欧米の場合は「違いがある前提」で会社が回っているので、企業経営も明文化されていますよね。でも日本の場合は同質性が高く、同質の文化を共有して「あうんの呼吸」で察し合う。
集まる人によって暗黙知は変わる──男性が多い組織は、男性に通じやすい暗黙知ができあがっていくと思うのですが、やりづらさを感じることはありますか?
ハジャティ:
日常業務だとやりづらさを感じるかもしれません。でも、M&Aは非日常性が高いプロジェクト。事業部側にはM&Aに詳しい人は少ないので、現場との関係性は重要ですが、そこでダイバーシティの壁を感じたことはありません。
ただ、意思決定のレイヤーは意識しますね。日常業務と同じレイヤーで物事を進めると、スピードが追いつかないんです。
「誰が、誰と話して、何を決めるのか」は非常に強く意識しますし、自分がハンズオンで案件を進めるときは、スピード感を持って決められる仕組みをつくって、その場で判断ができるリーダーと話をするようにしています。そう考えると、やっぱりジェンダーではなく世代のダイバーシティが低いのかもしれないですね。
木下:
M&Aのプロジェクトメンバーは、ハジャティさんがおっしゃるように非日常なので、同じゴールに向かう仲間という意識が働くのか、仲良くなりやすいように感じますね。男性・女性はあまり関係ないというか、壁を感じている暇がない(笑)。
ハジャティ:
大切なのは、意思決定層に近いところで、経営視点で対等に話せるか。そう考えると、本人の経営に対する意識の問題もあると思っていて。男女や年齢問わず、そこまでの意識を持って話せるか、話せないかで決まってくるんだと思います。
そのためには、事業的なバックグラウンドや経験がないと、対等感をもって話をするのは難しい。そこにもう1枚壁があるように感じます。これもある意味、胆力というか、コミュニケーション能力が求められることのひとつですね。
M&A部門で「若手」というと30〜40代をイメージするんですが、いわゆるデジタル・ネイティブというか、情報の収集力や分析力がすごい。さらに若い世代──20〜30代になると、私たち世代より表現力がある。それは小さい頃からTwitterなどSNSが当たり前にあって、日常的に喋るように書く・表現しているからだと思うんですね。そのスキルを「胆力」に変えていってほしいですし、世代交代を進めるにあたって不可欠だと思うので、私もサポートしていきたいと思います。
木下:
そうですね。胆力とコミュニケーション能力の重要性について、みなさんといろいろお話する中で、世代のダイバーシティを高めるためのよいヒントをいただきました。ありがとうございました。
太田:
こちらこそ、ありがとうございました!
今回お声がけしたのは、当社のサービスであるSPEEDAのセミナーにハジャティさんが登壇してくださったのがキッカケなんですよね。M&Aや経営企画の仕事は、先ほども話に上がったように大変そうな印象があるじゃないですか。でもおふたりとも、すごく楽しそうに仕事をされているようにお見受けしたんですよ。その秘訣の一端を垣間見れて、私自身とても楽しかったです。
ハジャティ:
SPEEDAのセミナーに出演させていただく際、太田さんに「経営企画部で楽しそうに仕事をしているから」とおっしゃっていただいて、たしかに毎日楽しく仕事をしていることに気づきました。「仕事が楽しい」と発信したら、自分もM&A部門でやってみたい! と思う人が増えるかもしれないですね。今日はありがとうございました。

編集後記
本記事について事前に太田と内容について相談し、ジェンダーのダイバーシティをテーマに据えていたのですが、取材当日、冒頭でハジャティさん・木下さんから「所属部署には女性もいるし、特にジェンダーのダイバーシティが無いわけではない」と言われてしまい、想定していた質問が頭の中でガラガラと崩れ去りました(笑)。
その後、取材時にお話いただいた世代間のダイバーシティについて再取材させていただき、より本質的なお話を伺うことができました。お忙しい中、取材やメールのやり取りなど、何度も丁寧にご対応いただき、ありがとうございました!