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「負け越し」の新規事業エキスパートが、ビジネスを楽しみ続けられる理由 ──新規事業家・守屋実さん

2022/07/12

「負け越し」の新規事業エキスパートが、ビジネスを楽しみ続けられる理由 ──新規事業家・守屋実さん

昨今、「FIRE(Financial Independence, Retire Early)」、経済的自立と早期リタイアが話題になる一方で、経済的には十分な資産を持ちつつ、毎日多忙かつ楽しそうに働くビジネスパーソンもいます。ユーザベースでは、パーパスの一部に「ビジネスを楽しむ=Play Business」を掲げており、ビジネスを楽しむ人を増やすにはどうすればいいのかを日々探索しています。

実際に楽しく働いている人は、日々どんなことを考えているのか──ミスミ(現ミスミグループ本社)での新規事業開発を皮切りに、数々の事業を立ち上げてきたMIMIRアドバイザーの守屋実氏に、アイデアの源泉はどこから来るのか、新規事業家として活動するバイタリティはどこから来るのか、そこにビジネスを楽しむ秘訣があるのではと話を聞きました。聞き手は、MIMIR代表取締役の川口荘史が務めます。

守屋 実

守屋 実MINORU MORIYA

ミスミを経てミスミ創業者田口弘氏と新規事業開発の専門会社エムアウトを創業。2010年守屋実事務所を設立。新規事業家とし...

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川口 荘史

川口 荘史SOSHI KAWAGUCHIMIMIR 代表取締役 / 共同創業者

東京大学大学院理学系研究科修了、理学博士。大学院にて概日リズム研究に従事した後、UBS証券投資銀行本部に入社、M&am...

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目次

2ヶ月連続上場を経験したことで、働くことを純粋に楽しめるようになった

守屋さんはこれまでたくさんの新規事業立ち上げに携わり、現在も非常に多忙な中で、とても楽しく働かれている(Play Business)ように見えます。これはなぜでしょう。

守屋 実氏(以下「守屋」):
そうですね。「好きなことを仕事にしているから楽しい」ということなのですが、その段階を超えて「肩の力が抜けて純粋に楽しい」と思うようになったのは、2018年のことでした。取締役を務めていたブティックス、立ち上げから参画し副社長を務めていたラクスルが、2ヶ月連続で上場を果たしたのです。

それまでは、基本楽しいんですが、それでも自分と人を比べてしまったり、「負けてたまるか」とか「うらやましい」とか、そういう気持ちになる瞬間があったりしたんですよね。隣の芝生が青く見える瞬間、みたいな。

それが2ヶ月連続上場を経験して自分の中で、自己肯定の閾値(しきいち)を超えたのか、周りがどう、人がどうとかではなく、純粋に自分のしたいことをトコトン楽しむという状態になりました。

川口 荘史(以下「川口」):
この「自己肯定の閾値を超える」のが非常に重要ですね、そして難しい。守屋さんは特殊な道を歩んできている印象なので、割と最近まで他人との比較感があったというのは意外です。それほど他人との比較は皆が陥りがちで、相対感で自分の幸福度を測ってしまうことをついやってしまう。

2ヶ月連続上場というのは、珍しい経験だと思いますが、どうしたら人と比較せず、働くことを純粋に楽しめるようになるんでしょうね。

守屋:
自分自身「やり切った」と思えるほどの何かを持てば、それが自分の中の拠りどころとなって、人と比べることはなくなるのではないかと思います。

僕の場合、2ヶ月連続上場というのが自分のタイトルになったことで、オンリーワンを獲得できた。オンリーワンなので、他人と比較して競うというより、みんなそれぞれすごいよね、って本心から思えるようになった。たとえばSNSでマウンティング合戦をしている人っていますよね。場数をこなしてもないのに場数をこなしたように見せてしまったり、「若いもんには負けん」というこじらせ方をする人がいたり。そういうことをついついやってしまう、っていうのがなくなったんですよね。

じゃあ、なにを「やり切った」のかというと、それは新規事業です。新規事業ばかりを30年以上やってきたわけです。経験の年数だけでいえば、誰かが今から僕に追いつくためには30年かかる。そうした拠りどころを手に入れたことで、憑きものが取れたんじゃないかな。

それからは、自分が好きな新規事業に集中するようになりました。好きなことをやっているという意味では、「仕事」というよりも「活動」として新規事業に取り組んでいると言ったほうが言葉としては近いかもしれません。

守屋実氏
さまざまな会社の役員を務められ、ただでさえお忙しい中で、守屋さんがMIMIRのアドバイザーを引き受けられたのはなぜですか?

守屋:
MIMIRについては、川口さんと守屋(守屋 俊史/MIMIR共同創業者・取締役)さんと僕の3人で立ち上げたときから決まった肩書きがあったわけではなく、川口さんと守屋さんがやっていることに対して共感して、これは成功させるべきだと思ったから仲間に入れてもらった形です。

僕としては、肩書きや給料は、あってもなくてもどちらでもいいんです。だから、MIMIRも「仕事」というよりは「活動」ですね。

携わった新規事業は5勝7敗5分。その経験のよって「初見の既視感」が備わった

守屋さんが「新規事業家」を生業にしているのはなぜですか?

守屋:
大学を卒業後、ミスミに入社したときに、創業者の田口さんから「君は新規事業を延々とやりなさい」と言われたんです。我が国には経理や法務のプロがいると。弁護士が弁護がうまいのは、ずっと弁護ばかりを続けているからだと言うんです。

ただ、新規事業の現場を見ると、失敗すると二度とアサインされなくなることが多いので、初めて新規事業に携わるような人間ばかりになってしまう。だから、うまくいってもいかなくても、君は延々と新規事業をするんだ、と言われました。

その後、田口さんとエムアウトという会社を創ったのですが、ミスミとエムアウトの2社、20年間で、17回連続で新規事業にアサインされました。

これだけ新規事業に携われるのはサラリーマンとして珍しいだろう思って、「新規事業家」を名乗るようになったんです。というか、新規事業しかやったことがない。新規事業以外に興味がなくなってしまったし、新規事業以外は苦手になった。だから「新規事業家」と名乗るしかないのかもしれないですが(笑)。

田口さんには、ひたすら新規事業について量稽古をさせられたわけですが、チャレンジした17回の結果は5勝7敗5分と、実は負け越しているんですよ。

結果は負け越しですが、エキスパート性という意味では、その人が「優秀か、優秀でないか」というよりも、「やり切ったか、やり切っていないか」が重要なんだと思います。

愚直にやり続けることが大切なんですね。

守屋:
量稽古には「初見の既視感」という複利の恩恵があります。たとえば、医師のもとに患者が来たときに、診察をしなくてもなんとなく病名を推察できることがありますよね。弁護士も、事細かに話を聞かなくても、なんとなく結末は見えている。

量稽古で何度も何度も同じ場面に遭遇することで、初見の既視感が備わってくるのだと思っています。

MIMIR 川口 荘史

川口:
以前からこのお話は伺っていますが、この新規事業家としての成り立ちはとても説得力があります。新規事業は失敗でも成功でも「次!」ってなかなかなりにくい。このように量稽古の機会があったのは、愚直にやり続ける守屋さんもそうですが、田口さんの意図が明確にあったのも大きいのかなと思います。

先ほど、新規事業は失敗すると再びアサインされにくいと言っていましたが、失敗もたくさんされています。一方で、日本は失敗を許容されにくい、敗者復活戦が少ない社会ともいわれます。そこをどう変えていけばよいと思いますか?

守屋:
社会を変えるのは難しいので、自分でマイルストーンを細かく区切って大きな失敗を防ぐようにするのがいいんじゃないかと思います。

後戻りできないところまでいってしまうと、失敗か成功かの2択しかない。しかも失敗した場合、たいてい大きな失敗になります。でも後戻りできるくらいの位置に「うまくいくか、いかないか」のマイルストーンを置いて、成功か失敗かを小さく試し続けると、大失敗に至らずに済むはずです。

僕が挑戦した新規事業17個の内訳が5勝7敗5分でも、細かくマイルストーンを区切ったうえでの失敗なので、瀕死の重傷を負うようなことはありませんでした。というか、毎度瀕死の重傷を負っていたら、量稽古できませんよね(笑)。

何かから撤退するという意思決定も同じです。後戻りできない位置で生きるか死ぬかの撤退を決めるのは難しい。だからマイルストーンを小さく区切って、ここで撤退するか、頑張り続けるかの意思決定を繰り返していく。

そうした、経営上で最も重い意思決定を、小さく刻むことで量稽古していくうちに、やがて小さく切り刻んでいない、大きな塊のままの重大決断もできるようになるんです。

エキスパート性は、自分で気づくものではなく他人が見出してくれるもの

守屋さんご自身は新規事業のエキスパートですが、そもそもエキスパートとはどんなものだと思われますか?

守屋:
誰もがエキスパート性を持っていると思いますが、自分の中のエキスパート性は、自分自身では見出しにくいもの。スキルが突出している人や、意識してそれを磨き込んでいる人以外は見えづらいものだと考えています。

川口:
創業以来たくさんエキスパートへのカウンセリングをやってきて気づいたことですが、エキスパート性は、本人には気づけないことも多い。それまで培ってきた自分の経験や知識を市場価値としてとらえるとどうなのかという視点は持つことが難しい。

エキスパートネットワークだと、その人なりの高い事業解像度や経験に基づいた物事の見方や考え方が重要なのですが、そうした価値がある知見は、実務と向き合ってアップデートされ続けている必要がある。そういう人ほど日々の実務を当たり前に感じてしまって、エキスパート性に気づきにくいものなんじゃないかなと感じます。

守屋実氏

守屋:
物事は多面的で動的だから、自分自身はエキスパートでも何でもないと思っていることも、他人からはエキスパートに見えることがあると思うんですよ。

たとえば自動車工場でずっと愚直に製品をつくってきた人がいるとします。本人は「ただ製品をつくっているだけ」という認識かもしれないけど、他人=別の視点から見れば、その価値が変わる瞬間がある。

僕の例で言えば、20年間にわたって田口さんから新規事業にアサインされ続けた、一従業員なわけです。でも外から見ればユニークな経歴に見える。だから「新規事業家」と名乗ることができた。そんなふうに、特定の見方や切り出し方でその人のスキルを取り上げたときに、エキスパートになれる可能性は誰もが持っていると思います。

そうした世の中にたくさんあるエキスパート性をMIMIRが取り出して、それを求めている人たちに届けることには大きな意味があるはずです。

個人のWillと企業の方向性をアラインさせることでPlay Businessする社員を増やす

より多くのエキスパートの方たちが、守屋さんのようにPlay Businessするために必要なことはなんだと思いますか?

守屋:
自分自身がやりたいと思っていることに、一生懸命、真っ向から取り組んでいると、それがやがてPlay Businessになる、というのが自然だし、強いと思っています。

たとえば、顧客の価値を上げるためにはどうしたらいいんだろう? と考え頑張りまくった。その結果、たまたまデジタルを活用して非連続な成長をさせることに成功した。それを世の中では「DX」と言うらしい──そんなふうに、やり切った何かがあって、生み出した成果があって、それを表す言葉がある、という順番が大事だと思うんです。

そうではなく、言葉から入ると、こじらせる傾向が多いのではないかと思います。

Play Businessも「本当に仕事を楽しんでいるからPlay Businessになる」わけなのに、「Play Businessしている自分に酔っている」みたいな感じになると、ロクなことにならないと思うんですよ。

川口:
守屋さんは自然体で、本当に好きで土曜も忙しく働いてますよね。あまりに自然なので、見ていて「Play Businessしているな」と思えるけど、いわゆるPlayBusiness像をつくろうとすると……。

守屋:
Play Businessマウントみたいなことが始まりそうですよね(苦笑)。

川口:
作為的なPlay Businessには違和感がありますね。自然とそうなっているという感覚が大切なんだけど、伝わりづらい。

「Play Business」は守屋さんのような人を形容できる言葉だなとも思いますが、その言葉ありきで逆算してPlay Businessを定義づけてしまう人が生まれそうですね。

MIMIR 川口 荘史
社員の人たちがPlay Businessするために、企業としてできることには何があると思いますか?

川口:
MIMIRのバリューでも「個人と会社のアライアンス関係」というのがありますが、個人のミッション、自分のやりたいこと(Will)を持ち、それと会社の方向性がアラインしていることが、健全な方法だと思います。なお、私はリード・ホフマンの『アライアンス』という本の内容が好きなんですね、MIMIRでも参考図書にしてます。

会社のミッションとアラインしながら、自分のやりたいことを広げていく。それが蓄積すると、個人としてできることが増えていく。そんなふうに個人のWillを実現していけたら、豊かで自由な働き方ができそうですよね。

守屋さんは一見散発的に見えて、事業領域やドメインを含めたベースとしての「軸」を持っています。その軸を新規事業とアラインさせているわけで、むやみやたらに何でも引き受けているわけではないですよね?

守屋:
はい。たとえば、大事にしている軸のひとつに「ビジネスモデル」があります。具体的に言うと、ミスミ、ラクスルっぽいビジネスモデル。ミスミで取り組んでいた購買代理店は、ラクスルで言うところのシェアリングエコノミーなんですよね。最近だとDXという言い方かもしれませんが、これらはすべて同じことを言っていると思っていて。

たとえていうなら、八百屋をやったあとに果物屋をしているようなもので、キャベツとイチゴは違う。でも、生産者さんがいて、そこから仕入れてお店で売る、という構造は同じなんです。

こうした、商売としては違うけれどもサプライ構造としては類似であり、その構造変革にアプローチするというビジネスをひとつのパターンとして考えたら、他業界への横展の道が拓けます。たとえばSPEEDAの分類では現在業界数は約560ほどあるので、それをそのまま当てはめてると、500以上の事業を作る余地がある、ということです。

自分の中にはそうした「仕掛かり在庫」のようなものがあって、でも、すでにいくつもの事業を手掛けている自分は代表者として取り組むことができないので、一意専心で頑張り、やり切りそうな経営者との出会いを、常に待ち望んでいるのです。

守屋さん・川口 対談風景
ユーザベースの社内ではよく「あなたのWill」はなんですか? と聞かれます。Willがない人は、Play Businessの実現は難しいのでしょうか。

守屋:
それは「やればわかる」のひと言に尽きると思います。いろいろやってみることで、自分のモノサシにぴったり合うものが見つかる。動かずにぐずぐずしていると次の一歩が踏み出しづらくなる。そうすると、Will迷子のような状態につながるんじゃないかと。

別に会社を辞めろと言っているわけでなく、副業をしてみるだけでもいい。いろいろと動いているうちに、自分自身がもともと持っていた自分のモノサシが、浮かび上がってくるものだと思います。

川口:
無理にWillをつくるものでもないとは思います。そもそも皆がそんなWillがあるのか、持っていなければならないのかというと、そうでもないはず。ただ、自分が何をやっているときが楽しいのか、どういった状態が心地よいのか、などから徐々に言語化することならできるのかなと思います。「全員にWillがあって当然」という感覚でメンバーに接するのではなく、その時点でのWillの種になりそうなことを理解したいという姿勢でコミュニケーションをとっていくと、言語化は難しくともお互いにWillの種は見えていくかもしれない。

面接の時にも、そういったことを聞いたりしますが、入社後でも定期的に個人のWillやその会社とのアラインについて振り返られるといいですね。それがズレているとなんとなくしっくりきてなかったりするし、お互いに変化したりすることもあるので、定点チェックできると仕事とも健全な関係をつくりやすい。そうすると、「3年がんばってみたけど違うと感じた」といった状況が防げるのではないかと思います。

守屋:
3年前のできごとは、自分の中で悪気なくねつ造されていると思うんです。事実であっても振り返れない。

でも30日ほどで振り返れば、事実を振り返ることができます。「15日目で右に曲がったのがよくなかったから、次は左に曲がってみよう」ともう一度やり直しができるんです。それで失敗したらまたやり直せばいい。先ほどのマイルストーンを細かく置く話と同じですね。

自分で判断することを繰り返すうちに、撤退の意思決定も、突き進むという意思決定もできるようになるのではないでしょうか。

編集後記

インタビューの前から、何でそんなに多くの新規事業にアサインされたんだろう? もう少しゆったり働いても問題ないのに、なぜ毎日忙しく働いていらっしゃるんだろう? と伺いたいことが盛りだくさんだった今回の取材。「仕事って感覚じゃなくて、”活動”している、っていうほうが近いかもしれない」というお話を伺って、まさにPlay Businessを体現されているなと感じました。

また、「ある事象があって、それを表す言葉があるからこそ概念が浸透する。でも言葉が成立した瞬間、言葉から入る人が出てくる」というお話にはドキッとしました。私たちが掲げるスローガンのような言葉ではありますが、言葉だけが独り歩きしないよう、丁寧に伝えていきたいと改めて気を引き締めていきます。

執筆:宮原 智子 / 撮影:落合 直哉 / 編集:筒井 智子
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