データがない世界を捉るには、人の知見にアクセスするしかない
佐久間 衡(以下「佐久間」):
SPEEDAはもともと企業分析、業界分析が効率的にできるプラットフォームとして誕生し、そこによりジェネラルな経済情報をリサーチできるサービスとして成長してきました。さらにここ数年、未来のことが知りたい──たとえば今起こっているテクノロジートレンドがどのように未来に影響を与えるのか? 未来に自分たちの競合になり得るスタートアップはどこか? といった情報へのニーズが急増しています。
そうなってくると、我々の得意領域であるデータ・コンテンツがない世界になるんですね。2019年に「SPEEDAトレンド」をリリースして、世界の最先端を捉えることに挑戦しましたが、ある意味これが限界。ここから先のデータがない世界を捉えていくには、「人の知見」にアクセスするしかありません。経済情報をやる上で、いつかはエキスパートネットワークの世界、人の知見にアクセスする世界は不可欠だと、SPEEDA立ち上げ当初から梅田さんや新野さん(梅田 優祐、新野 良介/いずれもユーザベース共同創業者)ともよく話していました。
そこでミーミルが提供するエキスパートリサーチ事業をSPEEDAに統合し、オープンソースでは得られない情報や知見を、各業界・分野の第一線で活躍するエキスパートによるインタビュー、レポートなどの形でスピーディに提供するサービスとして「SPEEDA EXPERT RESEARCH」が誕生しました。
川口 荘史(以下「川口」):
ただ、エキスパートネットワークの世界にも課題はあります。専門家の知見をインタビューするというのは、ユーザー側にも高度な質問力やコミュニケーション力が求められます。また推薦された中からインタビュー対象者を選定し、スケジュール調整を行い、インタビューを30分や1時間行うというのも非常に面倒です。クローズドなサービスで情報の受け渡しになるため人を介す必要があり、結果的に労働集約的で非効率な面もあります。さらに、口頭での情報の授受となるため、ストックのデータも残りにくい。
こうしたインタビューの難しさに対して、いかにその敷居を下げることができるのか? を考えた結果生まれたのが「FLASH Opinion」です。SPEEDA上から質問を投稿すると、24時間以内に5名以上の専門家からテキスト回答が得られるというものなのですが、これはいわばエキスパートネットワークに誰でもアクセスしやすくしたサービス。インタビューに比べて依頼が容易で、回答として端的な情報としてみることができ、複数名の知見を比較することも可能です。
質問したらリアルタイムで回答が集まってくるというスピード、そしてそれがテキストデータとして蓄積されるので、ユーザーにとって情報資産として活用できるし、実はデータがストックされるためにテクノロジーの活用の余地も大きい。このサービスによって、情報の取得・活用が大きく変わると考えています。
佐久間:
もともとミーミルが「EXPERT OPINION」というサービスをやっていたんですよね。ミーミルの方で各領域の第一人者を選定し、専門家ごとにどのように見解が分かれるのかをサーベイの形で収集して、多面的にユーザーに提供する仕組みがあって、すごく良いなと思っていました。
ニーズが必ずあるし、SPEEDAというプラットフォームを活用することで、エキスパートの知見がデータ・コンテンツ化できる。なによりエキスパートの知見にすぐにアクセスできるイージーさが素晴らしいと思い、「FLASH Opinion」をつくったという流れです。
統合はごく自然な流れだった
佐久間:
ミーミルの創業時から、エキスパートの知見を求める世界はいつか必ず来ると考えていたので、大きな意思決定をしたというわけではありません。私がSPEEDAのCEOに復帰するのと合致したタイミングだったのは大きいですね。お互いに「組んだら価値あるものをつくることができる」という確信がありましたし、共通の仕事の進め方や価値観が持てるという見通しもありました。
川口:
私の目線からお話しすると、佐久間さんをはじめユーザベース側から、SPEEDAによって「エキスパートネットワークの世界観を変える」という強い意思が感じられたのは大きいです。
また、エキスパートネットワークのプレイヤーにとっても、SPEEDAのような情報プラットフォームとつながることは大きな夢のはずなんです。情報プラットフォームとエキスパートネットワークが連携し、シームレスな情報獲得体験を提供できるというのは非常に価値がある。そうした世界を見据えつつ、もともとユーザベースの出資をうけていたという背景もありましたし、来るべき時が来たという感じですね。
川口:
全然そんなことはないです。もともと統合を前提としてはいませんでした。あるタイミングで共同事業の構想が生まれ、その後に子会社化が具体化したという感じです。共同でやる事業のイメージが先にあったというか。EXPERT OPINIONの後に、FLASH Opinionが共同事業として形が見えてきたので、「それなら統合しよう」という流れです。ある意味、先に共同サービスが具体化したので、その後の統合は「当然そうなるよね」という感覚でした。
佐久間:
ユーザベースに事業統合の経験があまりなくて、我々としても何をリクエストするのか、ミーミルの動きにどう応えていくのか、手探りで統合を進めてきました。その中で幾つかミスコミュニケーションがあり、お互いストレスを感じた部分もあったと思います。統合後の半年くらいかな。ただ、事業の方向性が合わないということはなかったですね。
川口:
管理系のところなどは煩雑さや一定のやりにくさは確かにありましたけど、それは事前にある程度予測していたことでした。それよりも事業における目線感にズレがなかったので、むしろメリットの方が大きかったですね。統合によって制限が増えたのではなく、統合したからこそ、より大きな世界に挑戦できている実感があります。
組織カルチャー的にもミーミルとユーザベースは整合性がすごくあったと思います。ミーミル創業前からユーザベースのカルチャーについて佐久間さんからよく聞いていましたし、実際に統合してみてもほとんど違和感がないですね。みんながオープンで健全にコトに向き合うところや、社員の意思を大事にしてみんなが自律的に考えながら働いているところなど、カルチャーにおいて共通の土壌がありました。
事業の方向性については、佐久間さんが言う通り、みんなのビジョンがクリアで目指す方向として同じところを向いているので、コンセンサスは取りやすい。あとOKRは効果的ですね。異なる組織間での共通OKR(Objectives and Key Results/目標管理手法の1つ)を設計していくことで推進力が生まれました。
大きな方向性は同じでも、組織の目的ってそれぞれ異なる部分がありますよね。その状態で組織ごとに曖昧な目標を持たせると、方向性が少しずつズレてしまいかねません。でもOKRを活用することで、わかりやすく同じ方向に向かうことができる。これは実際の動きを見ていても非常に効果的だと感じました。
佐久間:
OKRが大好きな私としては、感無量ですね(笑)。
ユーザベースのリソースをフル活用して、ミーミルのビジョンを実現する
川口:
私はFLASH Opinionの開発におけるプロジェクトオーナーとして、意思決定をしています。現在進行しているプロジェクトは、FLASH Opinion、エキスパートインタビュー、NewsPicks Expert、そこに付随する「ミーミルマネジャー」といわれるエキスパート内部システムの4つあります。その全ての整合性をとりながら、一連のユーザー体験として、ちゃんと価値が届くようなものにするのが私の役割です。
優先順位を決めたり、リソースの配分を考えたり、重要なのはサービスの在り方や価値づけについて考えるところだと思っています。それぞれのチームで話しながら進めていくのですが、アジャイル開発の面白さも感じています。徐々に開発チームとビジネスサイドのメンバーの活発なコミュニケーションから、どんどん開発内容が決まっていく感じになっています。今やっているプロダクト開発はユーザベースグループに入ったからこそ実現できていることですね。
佐久間:
私はほとんど何もしていなくて……重要なのは、川口さんとのコミュニケーションをしっかりとること。何か問題が起きた時に社内の最適な人につなぎ、それを解決することが多いかな。
ミーミルはSPEEDAにもNewsPicksにも関わるし、非常に複雑性が高いプロジェクトを推進していくことになるので、何かスタックすることがあれば、それを解消して前に進めるサポートをすることが重要かなと思っています。ミーミルは今、事業自体も非常に順調なので口出しすることはほとんどないんですが、もし事業が全然うまくいっていなかったら、頑張れよって言うのも役割ですかね(笑)。
あと私の役目で重要なのは、このプロジェクトは「ミーミルと一緒につくるSPEEDA」なんだと意識づけることですね。SPEEDAにとって、SPEEDA EXPERT RESEARCHとFLASH Opinionを開発・実装していくことは、今後の成長にとっての生命線であり、ユーザーの要望に応えていくことの生命線でもあると、繰り返し話しています。
佐久間:
私がCEOになって一番考えているテーマが「自由と統合の矛盾の克服」なんです。基本的には自由にやった方が楽しいし、恐らく短期的には一番伸びるんですよね。しかし我々は「経済情報で、世界を変える」という1つのミッションのもとで事業をしてきたので、統合した共通の強みをしっかり作っていかないといけません。
※2021年12月以降、ミッションからパーパス「経済情報の力で、誰もがビジネスを楽しめる世界をつくる」に変更しました
なので、ミーミルの事業がいろんな事業と連携しながら上手くいくことが、ユーザベースの縮図であり象徴になると考えています。自由に挑戦する強さと、共通の統合された強みがミックスされた状態を実現するには、まず象徴たるミーミルがハッピーに自由に、それでいて共通の強みがどんどん表現できるサイクルを、いかにつくれるかが大事。
川口:
ミーミルは今ようやく100人弱の組織になったところですが、人数に対して多くのプロジェクトを抱えているので、正直すごく大変です。でも逆に言うとSPEEDAやNewsPicksといったインパクトのある事業に少人数で直接関わり、一緒に事業を作っていける経験は今の期間しか味わえないわけで、「だからこそ面白い!」と自信を持って言えます。
佐久間:
ミーミルがユーザベースと一緒になった意味は、ミーミルのビジョン実現を早めるためだと思うんですよね。実際それが今できてきている。開発もできて、SPEEDAとの連携もできるし、たくさんの人数を採用することができつつあります。通常のスタートアップが3~5年かけて解決していく組織課題や成長フェーズを、ユーザベースの中に入って「経済情報で、世界を変える」という高い目線で、短期間でブーストして経験していくわけだから、大変だなと思います(笑)。
川口:
ユーザベースのリソースをフル活用できる現状というのは、ミーミルがエキスパートネットワーク単体のプレーヤーとして資金調達やIPOをしたとしてもたどり着けない境地で、この1~2年で経験できる面白さというのは圧倒的にあると思います。ユーザベースグループでは、よく「ワクワクとヒリヒリが常にある」って言うんですけど、それをものすごく実感しています。
佐久間:
ミーミルは今、採用にめちゃくちゃ注力していますが、スケールする組織にしていくためには、川口や守屋くん(守屋 俊史/ミーミル取締役・共同創業者)の次の経営者がいかに育つかだと思います。直近1〜2年はカオスで大変かもしれないけど、混乱って人をものすごく成長させるので、この期間でどれだけ2人に次ぐ経営者──経営感覚を共有できるリーダーを増やせるかが重要です。
佐久間:
我々がミーミルと一緒に作っている世界は「エキスパートエコノミー」だと思うんですよね。誰でも専門性を磨くチャンスがあり、その専門性を披露するチャンスがあり、エキスパートになることができる。そしてその自分の専門性で、会社にとらわれず活躍の機会を得て稼ぐことができる。
そういう人が増えれば増えるほど、たとえばSPEEDAのユーザーにとってもいろいろな専門家にアクセス可能になる。そうすると、1つひとつの分析の精度も高まり、意思決定の確度も高まることになる。良いことしかないんですね。
究極的には日本の人材流動性を高めたいんですよ。日本のスタートアップがグローバルで戦っていくためには、それが不可欠だと思っていて。自分の専門性が社会で活用できるということが分かれば、転職はもちろん、会社に属さないなど働き方が多様になるはずだと考えているんです。
たとえば、社会全体のメリットになるようなミッションを掲げたスタートアップがあったとしても、人の流動性がないとミッション達成は難しい。なぜならスタートアップがそのミッションを達成するために1000人採用したいと思っても、すぐにはできないからです。
でもエキスパートエコノミーの世界がつくれたら、人は働き方や働く会社を変えることに「恐れ」がなくなると思うんですね。自分の専門性で稼げるから、大企業からスタートアップに転職する人も今よりずっと増えるはずです。
川口:
佐久間さんの言う通り、人の知見に価値が与えられることによって、個人は会社に依存せず自由で豊かな働き方ができるようになるはずです。私たちはその「人の知見」にきちんと価値づけしていきたい。「人の知見」が乗っているプラットフォームって、これまで存在しなかったと思いますが、それをMIMIRで実現できるのはSPEEDAの存在が大きい。
SPEEDAとエキスパートネットワークが統合されることで、人の情報獲得の仕方や世の中の意思決定、さらには経営の仕組みも変わっていくはずです。この世界観をもっとオープンに広げていきたいですね。