「スマイルズらしさ」を保つ取り組み
櫻田 潤(以下「櫻田」):
スマイルズ創業期の話で、遠山さん(創業者)がロゴを手描きでサーッと描いたのをベースに進めるっていうのがありますよね。僕、あれがすごくいいなと思っていて。
創業の思いやアイデンティティを一番注入できるのって、創業者その人しかいないじゃないですか。なので、プロのデザイナーじゃなくても、まず手を動かしたっていうのがいいなと。
スマイルズさんもだんだん組織が大きくなってきていると思いますが、創業期の体温を保つために気をつけていることはありますか?

野崎 亙氏(以下「野崎」):
スマイルズも人が増えてきて、スープストックトーキョー(2016年に分社)も合わせるとグループ全体では300人ぐらいになりました。
まさにそこが課題で、前まではあまりそれを考えなくても、何となくみんな共通意識を持っていたんですが、300人もいると、「なんとなく」じゃ回らなくなってきて。
個人的には、「○○5か条」とか、いっぱい言葉やルールをつくるのが好きじゃないんですね。1与えられたら10を妄想してほしい。「世の中の体温を上げる」っていうのも、スマイルズの「社是」ではなくて「考え方」です。
対外的にはわかりやすくするために言葉にして説明することもあります。ただ逆に、その言葉をスタッフが受け止めて、その思考を“持った気”になるのが一番怖い。なるべくプリミティブな言葉だけを残して、あとは自分の言葉に昇華していってほしいと思っています。
櫻田:
わかります。僕も最近ユーザベース、NewsPicksのロゴを立て続けにリニューアルしたんですが、ブランドガイドラインは極力つくりたくないなと考えています。枠を与えるとそこから生まれてくるモノが限られてしまうので嫌だなと思っていて。ベースのところだけ、プリミティブな状態だけにしておかないといけないと思っています。
野崎:
僕たちは「ブランドは人である」と考えています。「スマイルズさん」「スープストックトーキョーさん」「ジラフさん」ってやっぱりいるんですよ。
ブランドも人間と同じで、いろんな側面を持っています。だから、受け取る人によってイメージが微妙にブレてくるんだけど、ブレたからダメ、ってことじゃない。「それもそういうことか〜、そういう見え方もあるよね」みたいなものだと思っています。
一番恐れているのは、その「らしさ」って何だっけ?っていうことを誰も考えない、ただの枠組みになってしまった組織になることです。
ブランドをどう咀嚼するかは、人それぞれでもいいんです。でもそれを組織に浸透させるには、やはり対話というか、「考えて」って言う前に、1回話したほうがいい。これは自分でも最近反省しているところです。

常に自分ごと化して考える
櫻田:
全員と対話して、自分ごとにしている。そこが御社を自然体に感じるポイントかもしれませんね。
野崎:
たとえば広報からも、「このブランドはこうだからこういう言葉にしてください」っていう縛りはほとんど与えていません。どう表現するかは、担当者のフィルターを通してもらうようにしています。
なので、やる人が変われば、形が変わる。それぞれの現場に委ねることで、その人たちの「自分ごと」になっているのかなと思います。完全に実現できているわけではありませんが、「この事業のトップだったらどうしたい? どうすべきだと思う?」ということを、突き詰めて考えているのは大きいですね。組織のレイヤーは極論で言えば、責任の重さの違いだけ。本来はみんな同じ主体者なので、フラットなはずです。
会社の最大のメリットって、個人が責任を取らなくていいことだと思っています。だから思い切ったチャレンジができる。もしフリーランスや個人事業主だったら、「失敗したら明日からの売上どうしよう」みたいなシーンも有り得ますよね。
櫻田:
会社や組織って、人が集まれば大きなことを実現できるという、便宜的な器でしかないですよね。僕も会社がクラブチームや日本代表で、個人はプロサッカー選手にあたるイメージをもっています。

野崎:
会社で何か失敗したとしたら、それは僕たち経営者やマネージャー側の責任です。失敗したか成功したかよりも大事にしたいのは“自分ごと”であるかどうか。「やれって言われたからやるの?それともやりたくてやるの?」みたいなことは、スマイルズではよく問われます。
具象と抽象を行き来する
櫻田:
野崎さんご自身はどのような経緯でスマイルズに入社されたんですか?
野崎:
僕自身は、だいぶいい加減な入り方で……。面接とかではなくて、遠山さんと青山の飲み屋で話していて、その流れで(笑)。最初は特に肩書とか役割はありませんでした。そのほうがやりやすいので。
前職はアクシスというデザインの会社で、前々職はIDÉEだったんです。IDÉEって「理想」という意味なので、「何のために仕事するんだっけ?」「どんな生き方をしたい?」みたいな、哲学というか理想を追い求めた仕事のやり方をしていたんですね。でも、そこで挫折を味わったんです。
何かのプロジェクトのときに、自分自身がそれをビジネスに落とし込んだり、伝搬させたりする枠組みを持っていないと痛感しました。それまでが独力すぎたので、もうちょっと社会を学ぼうと思って、アクシスでデザインコンサルティングを学びました。今でいうデザインシンキングの走りみたいなものですね。
そのやり方が、僕とめちゃくちゃウマが合ったんです。コンサルタントなので、ドラッカーとかコトラーとか、いわゆるマーケティングや戦略とかの勉強をするんですが、「コレ、本当に正解なの?」「何で枠組みにはめようとするの?」みたいに、書いてある方法論に懐疑的になるところから始まってしまうんです。
でも、そういう論理を使ったほうが、他人を説得するときには話を通しやすいと気づいた。それで勝手に「○○理論」というのを、いっぱい作ったんです。
といっても適当なわけじゃなくて、n=1である僕の経験を軸にして、それをロジックにしている。サンプルがn=1いるっていうことは、n=2や3いる可能性がある。だから嘘じゃないと考えています。
それと同時に、誰かの経験に基づいているからみんな納得しやすいんですよね。聞いている方が意味がわかる。みんなが知らないロジックだけど、なんとなく納得できる。そういう論理を多用していたので、ちょっと変わったコンサルタントだったと思います。

櫻田:
具象と抽象を行き来されていたんですね。今はデザイナーやコンサルと職種が分かれてしまっていますが、野崎さんのように行き来できる人材が重要だと感じています。
野崎:
スマイルズはとても具象化する力、実行力がある組織ですが、具象と抽象を行き来するのはまだ難しい。実行力はあるけど、抽象化=感性をロジックに押し上げるところがまだ弱くて、今はそれをどうやってできるようにするか考えているところです。
最近はじめている「コム酒(小難しい話とそれを中和する酒のチカラ)」という社内勉強会はそのための取り組みですし、そこを推進するのが僕の役割で、スマイルズのやり方かなと、最近は考えています。

